ハングリー精神を培った場所。

facebookなどでは何度か書いていましたが、

僕は高校卒業後、1年フリーターをして、 

 その後20歳で大学受験浪人をしていました。
自宅ではなく、東京に単身出てきて

「住み込みで新聞配達をしながら奨学金をもらって大学合格をめざす新聞奨学生」

新聞奨学生とは(ウィキペディアより)
という道を選択しました。

地元茨城から着替えだけを詰め込んだボストンバック1つで上京してきたことを覚えています。
配属先は、江東区の清澄白河の販売店。そこで浪人生活の1年間過ごしました。
そして、予備校として選んだのが毎日新聞社が新聞奨学生のために創立した予備校「毎日セミナー」でした。

   
 

毎日、朝刊と夕刊を配達。

月末近くなると集金業務。

営業活動も毎日やりました。

配達のために原付で歩道に入って警察にお世話になったこともありました。

朝刊と夕刊のあいだの時間で予備校へ。

人員不足のため仕事が休みだったのは、毎月1度ある休刊日だけ。

睡眠時間をギリギリまで削るのに毎日布団を枕にして床に寝ていました。
正直、人生の中で〝底辺にいる〟と感じる時間でした。笑

が、そんななかでも予備校の仲間や先輩であるスタッフの方、先生方に支えられて1年間やり通すことができ、結果も出すことができました。

  

「這い上がってやる。。」
そんな気持ちだけで過ごした1年間だったように思います。
でも、それがあったから多少のことでは揺るがない心は身につけられたのかなと思います。

そうして僕らが過ごした予備校がこの3月で閉校することとなりました。
「新聞」という商材であることやその他「大学受験」の価値観の変化など、時代の流れのなかでは仕方のないことかもしれませんが、やっぱり寂しいものです。

2016年3月26日

先輩が幹事として、回生をまたいだ交流会を主催してくださいました。

自分たちよりも10年以上先輩の方々もいらっしゃって色々とお話をさせて頂きました。

はじめてお会いした先輩も同じように時間を過ごしたという共通点からとても親しくして頂き、本当に良い時間でした。

ある先輩が

「セミナー生のポテンシャルは本当に高い」

という言葉の通り、各方面で活躍されている先輩が多く、そうした方々とお話できたことも良かったなーと思います。

予備校は無くなりますが、この繋がりは守っていくために何か出来ることはしたいと思った1日でした。
先輩や仲間、先生方に恥ずかしくないように成長して面白い人間になってやろうと思います。

出逢いと経験に感謝。